Monday 10 May 2010

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンから見るクラシック音楽雑感

感性のプレーンな一般音楽愛好家を掘り起こす企画として、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン以上に貢献度の高いイヴェントはない。細かい点で不満はあるにせよ、このイヴェントは末永く継続されなければならないし、また、そうでなければ日本においてクラシック音楽を支える土壌は衰退の一途をたどってしまうことだろう。




世界でも最大級のクラシック音楽祭に成長したラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン。ショパンをテーマにした今年も全日程を終了した。日本での企画制作を行うのは音楽事務所 KAJIMOTO。普通に考えて、この規模のイベントをつつがなく取り仕切れるところを思い浮べると順当な選択だろう。この状況は日本のクラシック音楽マーケットの規模と人材不足をしめしているように思えて、正直微妙な感触はあるが。

2009年より新潟市の姉妹都市となったフランスのナントから始まったこのイヴェントだが、クラシックの音楽祭としてはポジティブな意味で異端とでも表現すべきもので、実体としてはサマソニやフジなどのロックフェスに近い。

複数日、複数ステージで、同時にコンサートが催され、オーディエンスは自らの好みに応じて自由に音楽をチョイスする。ロックフェスで普通に見られる物販、屋台村、関連イベントなどもあり、終日お祭り気分を味わうことができる。ただし、アコースティックが基本のクラシック音楽を扱っているため、演奏途中で会場を変えるといった荒業は使えないが、ほとんどすべてのコンサートで未就学児童(5歳以上)の入場を許可していたり、ほとんどの場合、演奏時間があらかじめ1時間以内(45分)に限られているなど、通常のクラシック音楽のコンサートとは大きく趣は異なる。

ただし、これらの特徴も「クラシックの」という枕詞を付けてこそ成り立つもので、クラシックの枠組みを外してみると、じつは音楽産業としては当たり前の施策をきちんと打ってくる、真っ当な音楽イベントとしての側面が浮かび上がってくる。

多くの来場者を安全に収容し切る施設の規模、イベントをつつがなくオーガナイズするためのマネジメント、聴き比べを可能とするスケジューリング、一流アーティストの招聘、物販等の周辺事業や周辺イベントとの連携など、どれを取ってみてもロックフェスと大差ない。

しかし、扱う音楽がクラシックであるというハンディキャップは非常に重い。そもそものコンセプト(『一流の演奏を低料金で提供することによって、明日のクラシック音楽を支える新しい聴衆を開拓したい』)を実現するためにリーズナブルな価格設定をしたのではイベント単体で収益を上げることは不可能に近いだろう。特に、東京のように異様に物価の高い土地での開催はハンディキャップ以外の何物でもなく、恐らく東京は開催地として最も不向きな都市だと思われる。

それでもなおこのイベントが実施され続けるのには、ラ・フォル・ジュルネが文化振興としての使命を背負っているからに他ならない。特にクラシック音楽の振興という側面では、唯一無二の絶対的なイベントとして君臨していると表現して差し支えない。

似たようなコンセプトを持つイベントやコンサートは規模の大小の差はあれ、他にもたくさんある。しかし、ラ・フォル・ジュルネがそれら以上に重要だと考えるのは、観客動員の面で他のイベントを圧倒している点にある。

これは、一重にルネ・マルタン氏を中心とする関係者のマーケティングセンスに負うところが大きいと思われるが、要するに、クラシック音楽の市場はこれまでまともにマーケティングされてこなかった、ということだ。逆に言うと、きちんとマーケティングさえすればこの規模のイベントが成立するほど、クラシック音楽愛好家のすそ野は広いということになる。

文化振興において、愛好家の数は甚だしく重要である。クラシック音楽のようにニッチな市場しか持たない音楽は、補助金あるいは損失補填なしには成立しないが、文化と呼べる規模と質で普及・振興されているからこそ補助され得る。

折しも、少子高齢化により日本経済全体がゆるやかな衰退局面を迎えようとする今こそ、本腰を入れて普及に努めなければ、我が国におけるクラシック音楽シーンは危機的状況に陥る。シニア層の取り込みによってあと10年程度はごまかせるが、その先の未来を担う子供たちにこそ普及しなければ、老齢人口の減少と共に我が国におけるクラシック音楽は衰退していってしまうだろう。

若い愛好家の規模拡大と優秀な音楽家の排出の努力は、文化としてのクラシック音楽存続の絶対条件となる。その意味において、ラ・フォル・ジュルネのように多くの観客動員を実現し、企画や演奏の質によって演奏家・聴衆の両者を触発するイベントの存在は生命線となる。東京、金沢に加えて、新潟、びわ湖においてもラ・フォル・ジュルネが開催された今年こそ、一人のフランス人によってもたらされたクラシック音楽マーケットの革命の意義を今一度問うことが必要ではないだろうか。


『「ラ・フォル・ジュルネ」とは - ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」2010公式サイト』
http://www.lfj.jp/lfj_2010/about/

『東京国際フォーラム:開催のお知らせ、ルネ・マルタン氏インタビュー(2004.08.06)』
http://www.t-i-forum.co.jp/function/news/data/040806.html

『音楽で町おこし、ラ・フォル・ジュルネ4都市物語 JBpress』
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/3382

『平野啓一郎氏が語る「都市と音楽の関係性」 | CITY | Marunouchi.com』
http://www.marunouchi.com/city/chopin_10_06.html