Sunday 16 May 2010

孫正義 × 佐々木俊尚:『光の道』対談

この対談を対立軸で見ると事の本質を見誤る。そもそも佐々木氏が「光の道」構想に反論した一因は、孫氏による裏付け資料の開示が遅れたことにもあり、孫氏が果たすべきアカウンタビリティを全うすることがこの対談の大部分を占めた。しかし、「今後の政策論議は透明性が最も大事」という佐々木氏の主張にこの対談の本意はあり、結果としてではあるが、発端となった「オープンな場所でお願いします。」という佐々木氏の発言に象徴されていたのではないかと思う。

最初に押さえておくべきなのは、この二人の意見は理念レベルでは相違がないという点。インフラ、プラットフォーム、コンテンツ、どれもが重要であり、すべてセットで考えなければならない。ここについては議論前から共通理解が形成されていたのは明らかで、各論レベルの意見の相違がいかにして生じたのか、その背景が今回の対談の焦点となる。




「光の道」構想

ソフトバンク案:プレゼン資料(PDF)

まず前提として確認しておきたいのは、孫氏の提唱する「光の道」構想は国費によるインフラ拡充論ではなかったという事実。全体像としては、インフラの利活用までを含めた包括的提案である、というのが孫氏の主張だ。

総務省のタスクフォース等で行われたプレゼンでは、時間の都合上孫氏のビジョンの全貌が説明されていなかった。そのため、構想の裏付けとなるロジックやビジョンの補強が行われないまま「光の道」構想が打ち出されたという経緯があったようだ。大雑把に内容をまとめると以下のようになる。

1. 国費ゼロで実現するFTTH整備。
既存のメタル回線を5年間で計画的に光回線に置き換えることで、メタル回線に関わるすべての費用をゼロに戻し、回線すべての敷設・維持管理コストを圧縮することに主眼がある。また、この計画にはNTT再編論議も含まれており、光回線の敷設・維持管理を全国一括で効率化するためにアクセス回線部門を東西NTT本体からスピンオフさせて会計を切り離す。当該部門を単独で見ると現在は2,500億円の赤字だが、上記計画に基づき経営効率化を図ると、3,000億円の黒字に財務体質を転換できる、との見通し。

工事費等の敷設関連費は、日本全国敷設が原則の「光の道」に基づいて計画的、且つ効率的に行うことで、現在1軒あたりの敷設コストを1/4(約3万円)に圧縮する。光回線はメタル回線よりも技術的アドバンテージが高いため、中継局削減等の結果として、光回線への置き換えによって回線全体の敷設・維持管理コストを圧縮することが理論上可能であり、この差額を光の道の取材源として充てる。したがって、回線費を値上げすることもなく国公費の補助も一切必要ない、というのがソフトバンクの主張。

※これらはすべてNTTの接続会計をソフトバンクが独自に分析したデータに基づく試算。

2. 電子カルテ、電子教科書、電子政府のクラウドでの実現。
ブロードバンド・インフラの利活用を促進するために、生活に密着した分野での電子化を実施する。特に、教育、医療分野での利活用を促進することで、光回線およびインターネットそのものを文字通り生活のインフラとして定着させる、との主張。

実施に際しての具体的な振興策は事実上提示されず、腹を括ってがんばる、という以上の内容は含まれていない。また、計画細部の事実確認不足などもあり、現段階ではコンセプト提示レベルの提案に留まった。

問題意識

孫氏の問題意識は単純だ。FTTHの普及がインターネットのサービスレベルを引き上げる、というこの一点に孫氏の問題意識は集約されている。一方、佐々木氏の問題意識は「光の道」が国策として扱われることの諸問題を指摘している。

そもそも二人の問題意識は噛み合っていなかった。帯域の拡張はインターネットのサービスレベルを引き上げる要因なる。それ自体は佐々木氏も同意しているわけで、考察の軸とはなり得ないはずだった。したがって、本来であれば、佐々木氏の問題意識に対して一つ一つ具体的に孫氏は回答していくべきだったのだが、実際の主張は、必要なことはすべて実施する、という正論だが曖昧な内容に終始し、結局、議論そのものは貧しい内容だった。

佐々木氏が着目したのは、今このタイミングでインフラ拡充策が国策として提示されることの問題点である。

2000〜2001年にかけて策定された「e-Japan戦略」によって計画された、ブロードバンドのインフラ整備は現状一応の達成が果たされ一段落している。しかし、利用者数は伸び悩み、その後に提言された利活用計画は一向に進んでいないという現実がある。このような状況下で巨大なインフラ構想をぶち上げると、本来取り組むべき課題が再び先送りされてしまうのではないか、というのが佐々木氏の主張の骨子である。

議論の行方

国公費投入問題
これについては、孫氏が追加提示した構想ではFTTH拡充施策に国公費は不要と判明。そのため、本当にその通りに実施可能なのかどうかを実務レベルでの徹底検証が必要、という内容で対談中は意見の一致を見た。

※その後、池田信夫氏よりソフトバンク案の問題点が指摘され、さらにその池田氏が指摘した内容に対する疑問が松本徹三氏より提示されている。(May 17, 2010)

『ソフトバンクの「アクセス回線会社」案への疑問 - 池田信夫 blog』
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51421049.html

『NTTはWebでの論戦に参加するべき - 松本徹三 : アゴラ』
http://agora-web.jp/archives/1014193.html

インフラ拡充を国策とすることの是非
この問題に関しては意見の一致を見なかった。

価格が引き下げられ、ブロードバンドを利用した魅力的なコンテンツが提示され、さらにサービスレベルが向上すれば自ずと利用は促進される、という趣旨の主張が孫氏により繰り返された一方、利活用を真に促進するためにはサービスのプラットフォーム拡充が不可欠で、その構築にこそ全力で取り組むべきではないか、というのが佐々木氏の主張である。

ブロードバンドを敷設し、電子教科書、電子カルテ、電子政府を普及させる、というソフトバンク案では、サービス活用促進に不可欠なプラットフォーム構築の議論が欠落している、と佐々木氏は指摘。これに対し孫氏は、すべて並行してい整備するので問題ない旨の主張を繰り返すに留まった。

また、ブロードバンド普及を政策として全面に打ち出すことによって、ブロードバンドが普及すると日本のITは推進する、という印象にすり替えられてしまうことの問題点も佐々木氏は併せて指摘している。

今後の方向性
この点については、国民の生活文化向上、あるいは利便性向上を最優先すべき、という点で両氏の意見は基本的に一致している。そのために必要なアクションは以下のとおり。

1. 国内のIT産業保護のための規制撤廃
2. 市場を開放して、一番利便性の高いものを使う

考察:結論に代えて

佐々木氏の指摘にあったが、アプリケーションの活用促進には、サービス・プラットフォームの整備・拡充が不可欠となる。個人的意見ではあるが、現時点の「光の道」構想はビジョンを実現するための必要条件ではあるが、十分条件足りえていないように見える。

人々が何を求めているのか、あるいは、どうやって人が潜在的に求めるニーズを掘り起こすか、その点に対して有効な手立てが打ち出せない限り、インターネットの普及は今以上のペースで促進されることはない。恐らく、その問題の対策として生活に密着したサービスの展開を孫氏は提案してきたのだろうが、逆にいうと、教育、医療、政治という難攻不落の3分野を攻略するにしては戦略がはっきりしない。

最大の難関は、保護主義的規制や既得権益を打破し、どのようにしてユーザ本位のプラットフォームを構築するか、という問題にあり、今の段階で、がんばってやり切る、レベルの精神論を述べられてもそこに十分な説得力は生じない。それこそ、この10年間ほとんど進展しなかった反省を踏まえつつ、法令の改正を視野に入れ、ある程度の強制力を伴った具体案として落とし込めなければ、さまざまに交錯する現場の事情や利権にぶら下がろうとする体質に振り回されて、孫氏のビジョンも妄想で終わってしまうのではないだろうか。それは実にもったいないことだ。

対談中では「鎖国を終わらせて、市場開放して、そこから再構築する」と表現されていたが、まさに日本のIT産業の国際競争力を真に高めるためにはスクラップ&ビルドのプロセスが必要、という点両氏の意見が一致していたのは興味深い。

また、今後の政策論議に関して、透明性確保が最も重要、という点が強調されていたことは、今のインターネットの言論の有様を考える上で非常に需要な視点であると考える。対談中に孫氏が触れていたが「オープンな場で僕(孫氏)のプレゼンテーションをしましょうか、してほしいと言われて、…NTTの人がわーわーいってそれ自体が止められた、ということがあったみたい」というような事態が今も発生するという状況こそがまず改善させるべきで、その言論基盤の確立なしには真に有用な議論も成立しないのではないかと思う。

何はともあれ、今回のような対談が実現し、そこで何が起きていたのか10万人単位の人の間で思考共有された、という事実は非常に重要な一歩であり、日本のインターネット史に残る出来事ではなかっただろうか。


※尚、対談最後でiPadのSIMロック問題について孫氏より発言があったが、このエントリーの問題意識からは外れるため割愛した。



【参考】
ソフトバンク案:プレゼン資料(PDF)

『「光の道」10年間の経済効果73兆円 - MSN産経ニュース』
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100514/biz1005142243030-n1.htm

『ケツダンポトフ - (最終改正版)孫正義さん×佐々木俊尚さんの『光の道』対談をダダ漏れします』
http://ketudancom.blog47.fc2.com/blog-entry-423.html

『ソフトバンクの「光の道」論に全面反論する(上):佐々木俊尚 ジャーナリストの視点 - CNET Japan』
http://japan.cnet.com/blog/sasaki/2010/04/29/entry_27039509/
『ソフトバンクの「光の道」論に全面反論する(下):佐々木俊尚 ジャーナリストの視点 - CNET Japan』
http://japan.cnet.com/blog/sasaki/2010/04/29/entry_27039510/


【映像アーカイブ】
『「光の道」Part1』
http://www.ustream.tv/recorded/6880277
『「光の道」Part2』
http://www.ustream.tv/recorded/6881808
『「光の道」Part3』
http://www.ustream.tv/recorded/6883361


【反響】
『対談:どうする「光の道」 孫社長と佐々木氏が論戦 - 毎日jp(毎日新聞)』
http://mainichi.jp/select/biz/it/news/20100513mog00m300029000c.html

『孫正義社長の「光の道」論、5時間にわたり炸裂、Ustreamなどで生中継 -INTERNET Watch』
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20100514_367092.html

『ソフトバンクの「アクセス回線会社」案への疑問 - 池田信夫 blog』
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51421049.html

『NTTはWebでの論戦に参加するべき - 松本徹三 : アゴラ』
http://agora-web.jp/archives/1014193.html