Thursday 5 August 2010

Yahoo! JAPAN と Googleの提携

一般ユーザに対して、この提携がもたらす影響は予想以上に軽微だ。現時点で判明している事実を付きあわせて考えると、この提携はビジネス上の意図が色濃く反映されたもので、ヤフーのサービス品質が低下や、よく言われるグーグルによる検索結果支配(?)のようなもは実感できないと予想される。ただし、Googleのもとへ検索行動や広告関連のデータが一端集約されるのは事実で、それがメリットとなるか、デメリットとなるかは、今後の成り行きを見守る必要がある。




提携の背景


Yahoo!とmicrosoftの提携の影響でYSTへの投資が停止される運びとなり、YSTを検索エンジンとして採用していたヤフーは、この決定を受けて検索エンジンの置き換えを検討せざるを得なくなった。米国での流れを受けてmiscrosoftのBingを採用するのではないかという憶測が流れていたわけだが、実際はグーグルとの提携をヤフーは選択した。

ヤフー株式会社の主要株主を見るとわかるが、ソフトバンクが約40%ほどを保有し筆頭株主となっており、Yahoo!の名は冠しているものの、それなりに独立性を保って経営されていることがわかる。したがって、Yahoo!とmicrosoftの提携如何に関係なく、Yahoo! JAPANとして最善の選択をすることができる立場にある。

普通に考えれば、YST(Yahoo! Search Technology)をヤフーが独自に発展させることも可能性としては考えられた。しかし、検索エンジンのように大規模、且つ、複雑なシステムの開発コストを日本市場からの利益だけで捻出することは難しい。それこそYahoo! JAPANの経済的基盤が揺らいでしまい、本末転倒となる。

実は、Yahoo! JAPANは独自に検索エンジンを持ったことはなく、これまでも他社から検索エンジンの提供を受けつつ事業を展開してきた。例えば、ヤフーとグーグルの提携もこれが初めてではなく、2001年〜2004年にYahoo! JAPANはGoogleを採用していたが、その前はNTT-X(現NTTレゾナント)のgooを利用していた。現在も、米Yahoo!よりYSTの提供を受け、独自にカスタマイズを加えつつ検索サービスを提供している。

このように背後で動くエンジンに関らず、米Yahoo!とは異なる独自のサービス展開によってメディアとしてのYahoo! JAPANは圧倒的なブンランド力を誇ってきたわけで、彼らの本質はあくまでもメディアであり、サービスそのもにある。ある程度検索サービスの品質が担保されるのであれば、それがどのような手段(システム)を用いて提供されるかは、実はそれほど大きな問題ではない。

提携メリット1:トラフィック


それでは、なぜヤフーは再びGoogleと提携することを選んだのだろうか。結論からいうと、google.co.jpからYahoo! JAPANへの流入にメリットを見い出し、且つ、期待をいだいているのではないかと思う。これはBingを採用したのでは得られない大きな魅力であり、公式には言及されていないが、恐らく今回の提携の決め手となった要素だと思う。

検索の精度だけから言うと、米Yahoo!の提携を踏襲してBingを採用する線もなかったわけではないと思う。インデクサの性能がGoogleに多少見劣りするのは新興サービスとして仕方ない面はあるとしても、現在のBingの日本語検索品質はそれほど悪い状態ではなく、少なくとも、現行のYSTよりは優れた検索エンジンであるように見える。

つまり、将来性を評価するのであればBingも有望な選択肢たり得るのだが、現時点でGoogleと圧倒的な差があるとすれば、それはトラフィックである。Bingを採用した場合、Bing本体から獲得できるトラフィックは現状のGoogleと比較すると、正直なところ圧倒的に少ない。これがgoogle.co.jpと勝負出来る程度に成長するには、まだまだ時間を必要とするだろう。

既に説明したように、Yahoo! JAPANの本質はメディアであり、サービスの提供そのものにある。ヤフーから見ると、他の検索エンジンすべては単純な競合相手ではなく、むしろYahoo! JAPANへトラフィックを誘引してくれるパートナーと見ることが出来るが、今回のように明確に業務提携することで、この関係はさらに強化できる。

Googleのクローラを当てにすること無く、Yahoo! JAPANが抱えるコンテンツのデータを直接Googleのインデクサへ提供することが可能となる。つまり、オークションなどのようなリアルタイム性の高いサービスの検索品質を含めて、あらゆる面でYahoo! JAPAN本体の検索性を向上させることができ、Googleからの流入増をこれまで以上に期待できる。

ヤフーにとっては、トラフィックによって裏付けられる広告収入こそが収益の源泉であり、PV増は収益増を直接的に意味する。Yahoo! JAPANが自前で集めるトラフィックに加えて、Googleからの流入に梃入れができるのであれば、日本における検索トラフィックのメインストリームを一挙に押さえたことになる。

提携メリット2:広告集計のアウトソース


今回の案件で特徴的で、且つ、最も需要な点は、Googleによるリスティング広告プラットフォームの提供である。こちらについては詳細が明確になっていない。

ヤフーリスティング広告が現在展開してる、インタレストマッチやスポンサードサーチ等の商品展開は維持される旨、既に発表されていることが考えると、少なくとも、アドワーズのシステムが多少カスタマイズされて提供されるのは間違いないだろう。そこにアドセンスのシステムが絡むのか、あるいはヤフーがGoogleから独立した配信システムを運用するのかは、現時点ではよくわからない。しかし、現在わかっている範囲で考えてもヤフー側にメリットがあることは確かだ。

リスティング広告は、テキストマイニングを主な目的として検索エンジンと非常に近いシステムを必要とし、これに広告配信と配信実績の集計/レポーティング・システムが加わってはじめて成立する。通常、リスティング広告の一部は検索連動型広告であるため、システムの運用効率を考えるとリスティング広告と検索エンジンは不可分の関係にあると考えても間違いではない。広告配信管理にはアドワーズのシステムが流用されるとして、集計/レポーティングには何が使用されるのだろうか。

実は、広告システムにおいて要となるのがこの広告配信実績の集計システムである。配信実績データは広告効果を確認・検証する上での要となるデータであり、いわばWeb広告のレゾンデートルである。それ故、非常にクリティカルで、且つ、最も大きな計算リソースを必要とする。

現在ヤフーでは香港にあるデータセンターが広告関連の主軸として稼働しており、ヤフーの広告システムを支えている。米Yahoo!とシステム的に袂を分かつ以上、このデータセンターは利用できなくなる可能性があるわけで、そこで行われているデータ処理を代替するためには、ヤフーはそれなりに大規模な投資を迫られることになる。

そこでも選択肢の一つとしてGoogleが登場する。ここでもヤフーのコア・コンピタンスが判断基準となる。あくまでもテクノロジー企業ではないヤフーにとって、何を優先すべきかは議論の余地は少ない。データセンターは大規模であればあるほどのスケールメリットが活かせ、コストメリットが大きくなる。そうなるとアウトソーシングは当然選択肢となる。検索エンジンとの関連性や、全世界レベルでスケールするデータセンターの稼動実績から考えても、ヤフーにとってGoogleはパートナー候補の筆頭としてカウントされても何の疑問もない。

一般ユーザへの影響と懸念点


今回の提携はあくまでも業務提携であり「サービス統合」ではない。その点を正確に理解せずに報道されている例が散見されるのは、残念としか言いようがない。

検索エンジンをGoogleに依存しても、Yahoo! JAPANには独自展開の商品がいくつもあり、それらを提供し続けるために、SERP(検索索結果ページ)も独自に操作する。広告ビジネスも手放さなさず、データは独立性が保たれる。

一部の先鋭的なユーザを除いた、大半のユーザは過去のシステム変更も気にすることもなくYahoo! JAPANのサービスを利用してきたものと思われる。これらの点から考えて、今回改めてGoogleのエンジンを採用したところで、一般ユーザへの影響は軽微であると予想される。

例外があるとすれば、SEO(検索エンジン最適化)サービスを生業とする業者や、Yahoo! JAPANが現状使用している検索エンジンであるYSTに特化したSEO施策に依存しているWebサイトオーナーである。彼らへの影響はそれなりにあるだろうが、逆に、従来から真っ当なサイト運用をしてきたオーナーへの影響は軽微であり、むしろ歓迎すべき事態と捉える向きもあるだろう。

しかし、今回の件の焦点はもっと深いレベルにある。検索サービスとリスティング広告の2つの重要なシステムをGoogleが提供することになる。これはつまり、日本語圏における検索と広告に関するユーザ行動データが、少なくとも一端Googleのシステムに集約されることになるわけで、この重要なデータがGoogleに独占されるのか、あるいはヤフーと共有するのかは、現時点では明らかではない。この事実が私達にとってメリットとなるか、デメリットとなるかは、すべてGoogleの意思にかかっている。

理想的なシナリオとしては、データの集約メリットが最大化されて、集計データの利便性が向上されるだろう。逆のシナリオを考える場合、Googleがデータを隠蔽するとは考えにくいが、集計ポリシー等の変更が十分に開示されない可能性はある。集計や開示のポリシーがすべてGoogleの一存で決定される事態は健全な状態とは言い難いのは確かだ。

今のところはGoogleの良心に期待するしかないわけだが、まずは移行が問題なく行われるように見守りたい。


【参考】
検索連動型広告「スポンサードサーチ」強化のための広告配信システム変更について
http://blogs.yahoo.co.jp/listing_ads/archive/2010/07/27

『Yahoo! JAPAN - プレスリリース:Yahoo! JAPANの検索サービスにおけるグーグルの検索エンジンと検索連動型広告配信システムの採用、ならびにYahoo! JAPANからグーグルへのデータ提供について』
http://pr.yahoo.co.jp/release/2010/0727a.html

『ASCII.jp:ヤフーとグーグルが提携、アルゴリズム検索技術にGoogleを採用』
http://ascii.jp/elem/000/000/541/541904/

『ASCII.jp:「対GoogleのSEOもやる」Yahoo! JAPAN提携の中身』
http://ascii.jp/elem/000/000/544/544199/

『「Bingも無視していたわけではないが」――井上社長が語る、ヤフーがGoogleを選んだ理由 - ITmedia News』
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1007/27/news088.html

『Yahoo! JAPAN、検索エンジン「Google」と提携 | ネット | マイコミジャーナル』※2001年報道
http://journal.mycom.co.jp/news/2001/04/02/13.html

『Yahoo!JapanがGoogleの検索エンジン採用を本日発表?=米Wall Street Journal【湯川】 : TechWave』
http://techwave.jp/archives/51483227.html